東京地方裁判所 昭和62年(ワ)7475号 判決 1992年8月27日
原告
太田勝久
右訴訟代理人弁護士
茨木茂
同
南惟孝
被告
ユニオン貿易株式会社
右代表者代表取締役
二家勝明
被告
澤田悟
同
山下作美
同
若林信二
右四名訴訟代理人弁護士
榎本吉延
主文
一 被告らは各自原告に対し、金一五七九万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年七月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは各自原告に対し、一九〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一争いのない事実
1 原告は、補聴器等を販売する株式会社エコーに勤務するサラリーマンであり、被告ユニオン貿易株式会社は、商品先物取引の受託業務等を目的とする会社で、東京穀物商品取引所等の商品取引員の資格を有する者、被告澤田悟、被告山下作美、被告若林信二は、本件当時、それぞれ被告会社横浜支店長、同支店課長、同支店主任の地位にあった者である。
2 原告は、昭和六〇年九月二六日原告の勤務先を訪問した被告若林から、米国産大豆の先物取引の勧誘を受け、同年一〇月三日東京穀物商品取引所の商品市場における売買取引の委託契約を締結し、同日から翌昭和六一年六月二三日までの間、別紙「太田勝久米国産大豆取引明細」(以下「取引明細」という)のとおり原告名義の取引が行われた(なお、取引明細の番号①、②は、それぞれ番号1、2の仕切玉を指す)。その間、原告は被告会社に対し委託証拠金として合計一七一七万一〇〇〇円を交付したが、売買手数料が七六九万八〇〇〇円、取引上の損失が六六〇万円となり、清算金二八七万三〇〇〇円の返還を受けた。
二争点
(原告の主張)
被告澤田、同山下、同若林らは、原告が先物取引の知識も経験もなく投機取引を行う適格性がないことを承知しながら、共謀して役割分担のうえ、後記1のような「客殺し」と呼ばれる種々の手口を用いて原告に損害を与えたものであり、これは商品取引所法九四条等の委託者保護規定に違反する被告会社の組織的な不法行為であるから、被告らは民法七一九条、七〇九条により、また、右損害は被告会社の業務の執行につき加えられたものであるから、被告会社は同法七一五条により、各自、後記2の損害を賠償する責任がある(内金一九〇〇万円及び不法行為後である昭和六一年七月一日から完済まで民法所定の年五分の遅延損害金を請求)。
1 責任原因
①勧誘の方法の違法
危険性の説明を全くせず、「絶対儲かる」等という断定的判断を提供して執拗に勧誘した。また、その際いわゆる一口制の勧誘を行った。
②有害無益な両建玉・ころがし・因果玉の放置等の違法
③甘言、詐言等を弄して原告を引き回し、「入金しないと銀行のブラックリストに載る」等の脅迫的言動を行った違法
④無断売買(取引明細の番号ないし32)
⑤向い玉による加害
2 損害
①原告が被告会社に交付した委託証拠金のうち未回復額
一四二九万八〇〇〇円
②慰謝料 三〇〇万円
③弁護士費用 二〇〇万円
(被告の主張)
被告若林は、勧誘の際も先物取引の危険性(投機性)につき資料を示しつつ十分説明しており、一口制の勧誘、執拗な勧誘等いずれも行っていない。また、その後の取引の過程を含めて、被告らが原告に断定的判断を提供したことはない。あくまでも相場の予想として「今が底値と思うから買い時です」というような趣旨のことを話したにすぎない。
むしろ、本件取引開始にあたっては原告の方から被告会社を訪問して説明を受けるなどし、その後も積極的に被告会社に電話を入れたり、来訪して被告会社従業員の意見を聞くとか取引の指示を積極的に出すとかしており、本件取引は、両建玉等を含め、全て原告の自主的な判断・指示に基づいて行われたものである(原告は、残高照合通知書に対し、いずれも「相違ない」旨回答している)。したがって、無断売買が行われたことがないのはもちろん、甘言、詐言等による引き回し、「入金しないと銀行のブラックリストに載る」等の脅迫的言動も一切存在しない。ころがし等の手法による過当な売買取引の要求、因果玉の放置として違法視される事実もない。反対に、被告らが取引の縮小を勧めた際、原告は逆に損切り決済を拒否し、土地を担保に借金を申し込んで被告らに断られているのである。
また、被告会社は、原告との取引において、新規委託者保護管理規則に違反していない。
向い玉についても、仮に被告会社の建玉が原告の建玉に対して向い玉の形になったとしても、それのみで直ちに違法性を帯びるものではない。
第三当裁判所の判断
一本件取引の経過
<書証番号略>、原告、被告ら及び証人太田民子の各供述並びに弁論の全趣旨によって認められる事実と争いのない事実を総合すれば、本件取引経過の概要は次のとおりである(<書証番号略>及び原告、被告らの供述のうち、以下の認定に沿わない部分は採用しない)。
1 原告は、昭和三四年に高校を卒業し、電気製品の卸販売会社勤務を経て、株式会社エコーにおいて補聴器の販売、修理等の仕事に従事している者であって、本件取引以前には、商品取引の経験は皆無であり、商品取引に関する知識も特に持ってはいなかった者である。
2 昭和六〇年九月中旬頃、被告若林が原告に対し、二度電話を掛けてきて、商品取引について話を聞いて貰いたい旨申込み、原告が結局これに応じることにしたため、同月二六日被告若林が原告の勤務先を訪問した。同日、被告若林は原告に対し、「お取引のガイド」という表題の被告会社作成のパンフレットと全国商品取引所連合会作成の「商品取引ガイド」を示したり、株と対比した取引単位の説明を書いて見せたりして(<証番号略>)、商品取引の仕組みを説明したうえ(取引単位が一枚であることは告げたものと認められるが、同時に、一〇枚が一口である旨の取引単位について誤解を招く説明もしているものと認められる)、大豆の生産コストは普通一俵四〇〇〇円であるが、現在の値段がそれより低い三二〇〇円であること、過去には八四九〇円にまでなった例があることを図解するなどし(<書証番号略>)、「今は非常に大豆が安く、これ以上下がらない。買い時だ。絶対儲かる。」等と言って、大豆の取引をしてみるよう強く勧めた。
同年一〇月二日、被告若林から電話で、値段が三〇〇〇円に下がったので、今が買うチャンスである旨告げられた後、原告は取引をしてみる気になり、翌三日被告若林に対し、大豆を一〇枚二九四〇円で買うことを承知した。そして、同日、原告は被告会社との間で、東京穀物商品取引所の商品市場における売買取引の委託契約を締結した。その際、原告は、「私が貴社に対し、……委託をするについては、先物取引の危険性を了知した上で、……売買取引を行うことを承諾します」との記載がある「承諾書」(<書証番号略>)に署名し、「先物取引においては売買総代金に比較して少額の委託証拠金をもって売買取引するため、損失を被る危険性は大きいものであり、……あなたの資金の余力その他を十分に配慮されるよう希望します」、「先物取引は、多額の利益をもたらすこともありますが、逆に多額の損失を被ることもあります」との記載がある「危険開示告知書」及び「商品取引委託のしおり」の交付を受けたが、同時に被告若林に対し、「買ったものは間違いなく上がるでしょうね」と確かめ、同被告は、間違いなく上がる旨断言した。
3 同月四日、原告は被告会社(横浜支店。以下同じ)を訪れ、前日の売買の証拠金七〇万円を支払い、被告山下が原告の担当になることを告げられたが、被告山下も「米国産大豆は一か月位で三五〇〇円位まで上がるから、今買っておけば儲かることは間違いない」旨断言した。
同年一一月一六日、原告は、被告山下から、相場が急落したことを告げられるとともに、「両建てをしておけば、それ以上損は増えないし、損を取り戻していける。今止めてしまったら損をしてしまう。先行き上がることは間違いないから、取り敢えず両建てしておけば大丈夫である。」旨の説明を受けて、両建てをすることを承諾した。
その後も、原告は、被告山下の断言的相場見通しを伴う勧めに従って、取引明細番号3ないし9のとおり取引を行った。
4 昭和六一年二月三日、原告が、要求された証拠金一四七万二〇〇〇円を支払うため被告会社を訪れ、被告山下に対し「儲かる儲かると言って、何時儲かるのか。あなたは損ばかりさせて信用できない。」などと苦情を述べたところ、今後は支店長に原告の取引を見てもらう旨告げて、原告に被告澤田を紹介した。被告澤田は、原告に対し、「今度から私が直接原告を担当する。これからは間違いなく損を取り返していく。」旨約束した。
そして、その後は、被告澤田の「下がればすぐ損を取り戻せる。上がることはない。絶対大丈夫。」「放っておけば損が増えるので、ここは売りの内四五枚を仕切って様子を見る。」などという言葉を伴った勧め、被告山下からの「値が下がってきたのですぐ両建てしないと大変なことになる。」「もうそろそろ天候相場になり、シカゴの方の天候次第ですぐ相場が上げ下げするようになる。今の時期は売りを外して買いに回すのがよい。売りを全部買いに回して損を取り戻しましょう。」といった連絡・勧めに従って、取引明細番号⑦ないし24のとおり取引を続けた。その間の同年三月三日、原告は、証拠金三二六万六〇〇〇円を支払うに際し、被告澤田に対し「これ以上お金はない。絶対大丈夫なんですね。」と念を押し、同被告から、「損をさせないようにするから安心して下さい。」旨の回答を得ている。
ところが、同年五月二一日、被告会社から三五八万九〇〇〇円の証拠金請求書が送られてきたため、原告は被告澤田、同山下の責任を追求し、「こんな大金、用意できるわけがない。」と支払いを拒む態度を見せたものの、右被告らの説得により、結局両建てをするため七〇〇万円を用意することを承諾し(同日、取引明細25ないし27の取引が行われた)、同月二三日これを支払った。
5 その後、同年六月七日までの間に取引明細番号ないし32のとおりの取引が行われたが、同月九日、不足の証拠金二八万九〇〇〇円の請求書が送付されてきたため、被告会社へ出向いて被告山下に苦情を述べたところ、「天候相場に入っていて先物から暴騰するから、仕切らずにこのまま様子を見た方がよい。二〇〇円も上がれば損を取り戻せるし、天候相場に入っているから大丈夫だ。」と、買い二〇〇枚の状態を維持するよう説得された。
6 原告は、翌一〇日に右証拠金を支払ったものの、万一大きな損が出たらどうしようという不安に駆られ、同月一一日、被告会社に赴いて被告澤田、同山下と会い、「下がると心配なので買いを少なくしてもらいたい。」と依頼した。しかし、右被告らは、損切金が多くなって損だから止めた方がよいとして、逆に両建てを勧め、原告が「もうお金がないから枚数を減らして下さい。」と頼んだにもかかわらず、被告澤田は「そんなのは何とかなる。皆、土地や家を注ぎ込んで生きるか死ぬかの覚悟でやっているのだ。ここは両建てにした方がよい。」とあくまで両建てを勧めた。
同月一三日から一九日までの間連日のように、被告山下から原告に対し、証拠金を入れるよう厳しい催促があり、原告は苦慮した末、土地を担保に金を借りることを考えた。そこで、原告は、同月二一日、被告澤田、同山下と会い、権利証を見せて「この土地は一五〇〇万円位の価値があるから、これでお金を貸して欲しい。」と申し入れたところ、原告の方で銀行から借入をするよう言われて断られ、さらに「入金がないと銀行関係のリストに載り、信用がなくなる。」旨告げられた。驚いた原告は、結局この日一〇〇万円を都合してきて支払ったが、その際、被告澤田、同山下から要求されて、同月二三日に二〇〇万円、二四日に三〇〇万円、二五日に九〇〇万円を支払う旨の念書を差し入れた。
7 もはや自分一人ではどうしてよいか判らなくなった原告は、同月二二日、妻に事情を打ち明け、翌二三日、妻とともに警察署に相談に行くなどした後、被告会社横浜支店に赴いて、即時全取引を終えることを要求するに至った。
8 ところで、被告らは、原告に対する勧誘の際及びその後の取引の過程を含めて、被告らが原告に断定的判断を提供したことはなく、本件取引は全て原告の主体的、積極的な判断・指示によるものである旨、異口同音に述べている。
確かに、原告が積極的に被告会社へ電話を掛けたり訪問したりして、相場の状況を尋ねたり、売り買いの方針等について相談したりしたことは少なくないと思われる(その限度では、<書証番号略>の業務日誌、管理者日誌の信用性を肯定してよい)。それは、多額の金銭が掛かった取引の委託をしている者としては、当然の行動であろう。原告が取引明細番号から32までを無断売買であると主張する点も、例えば取引明細番号32の一〇〇枚の買いについては、原告が述べた異議及びこれに対する被告山下の応答についての原告の供述は具体的で、明確な事前の承諾はなかったのではないかという疑いも強いものの、他方、右のとおり原告は頻繁に被告会社に連絡をとっていたと思われることや、もし原告が述べるような全くの無断売買であるのなら、当時もっとはっきりした異議が申し立てられていたのではないかと思われることなどから考えて、原告供述のとおりかどうかには疑問が残る(したがって、原告主張の無断売買は認定しない)。
しかし、だからといって、本件取引が原告の主体的、積極的な判断・指示によるものであることにはならない。原告は、本件前には商品先物取引について知識・経験のない全くの素人だったのである(被告山下作成の<書証番号略>に、「以前から取引に興味があり大豆の値段も見ている」との記載があり、被告山下は被告若林からその趣旨のことを聞いたというのであるが、被告若林の供述にはこれに沿う部分はない。右記載は事実に基づかない作文と見られるのであって、被告ら作成の文書ないし被告らの供述の信用性を疑わせる一つの徴憑といいうる)。大豆の先物取引という極めて特殊・専門的な分野において、わずかの期間で、被告山下の述べるがごとく、いずれの場合も原告が積極的に取引内容を決め、被告山下の勧めに反して指示を出したことも一度にとどまらなかったというようなところまで進歩するとは、とても考え難い。
被告らの供述は、総じて、建前を述べているにすぎないのではないかという疑いを免れず、信用性に多大の疑問がある。本件取引の二、三年前まで被告会社横浜支店の従業員であった者達の供述(<書証番号略>)を読むとき、その感はいっそう深い。
二被告らの行為の違法性と有責性
1 勧誘の方法について
前記認定のように、被告若林は原告に対し、承諾書に署名を求め、危険開示告知書を交付するなどして、先物取引の危険性の告知を、抽象的な形では、一般の人がそれを理解できる程度に行っているものと認められる。勧誘の方法が、特に執拗であったというまでの事情も、本件では認められない。
しかし、前記認定のように、「利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断の提供」(商品取引所法九四条一号)はあったと認められる。また、取引単位が一枚であることは告げたものと認められるので、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項に違反するとは直ちにいえないものの、一〇枚が一口である旨の取引単位について誤解を招く説明をしているものと認められる。
2 取引開始後の被告山下及び同澤田の言動について
前記認定のように、被告山下及び同澤田は、取引の全般を通じて、原告に対し、相場の見通しに関する断定的判断を提供して、取引を誘導していたものである。
また、「入金がないと銀行関係のリストに載り、信用がなくなる。」といった不隠当な言動も、一部に見られる。
3 両建玉・ころがし・因果玉の放置等について
(1) 本件全取引中に、「売り直し」が二回、「ドテン」が一〇回、「両建玉」が二〇回、「不抜け」が三回含まれていることは、被告らも争わないところである。
売り玉を仕切って即日また売りを建てる「売り直し」は、通常手数料の負担が増えるだけの、委託者にとって無益な取引である。そこで、売り直しは、原則として前記取引所指示事項の禁止するところとなっている。「ドテン」は、既存の建玉を仕切り、即日それと反対の建玉を行うことであるが、これも無定見、頻繁に行われると、徒に手数料の負担を増やすだけの結果に終わる。「両建玉」は、対応する売り買い双方に証拠金を必要とする上、手数料も倍額が必要となる。両建てしたときに、仕切った場合と同額の差損差益が実質的に確定しているから、委託手数料が余計に掛かるほかは仕切った場合と変わらない。両建ては、双方から証拠金を徴収されなかった時代に、迷ったときに様子を見るために用いたり、追証拠金を準備する時間稼ぎのために用いた手法であって、今日これを行う意味はない(<書証番号略>)。両建てを勧めることも、取引所指示事項の禁止事項である。「不抜け」は、売買取引によって利益が発生したが、手数料に食われてしまって差引は損となっているもので、委託者にとって手数料の幅を抜けない限り利益はないのであるから、その時点で仕切ることがやむを得ない場合に限られよう。
本件の全取引回数(玉を建てて落として一回)は三五回であるところ、前記取引所指示事項に抵触し、有害無益性の特に強い、売り直し、両建玉の回数だけを合計しても、二二回・約六三パーセントに達する。これは異常に高い割合と見るべきであろう。原告が商品先物取引の知識・経験の不十分な素人であることを前提とすれば、このことは、本件取引が、全体として、委託者である原告の利益を顧慮せず、被告会社の利益を図る方向で、被告らによって誘導されたものであることを推認させ得る重要な要素になるといわなければならない(ドテン、不抜けの回数をも考慮すると、なおさらである)。
(2) また、売買回転率も二六四日の全取引期間中三五回で、7.5日に一回、月平均四回の取引となり、やや高い回転率といい得るし、損金一四二九万八〇〇〇円のうち手数料の額が七六九万八〇〇〇円で、手数料化率は53.8パーセントという著しい高率である。この点も、右推認を可能ならしめる要素の一つとしてよい。
そして、(1)で検討した本件取引内容と右売買回転率・手数料化率を合わせ考慮すれば、本件取引は、いわゆる「ころがし」(無意味な反復売買)の色彩の濃いものと評価されざるを得ない。
(3) 被告らは、両建玉等の特定取引の占める比率を二〇パーセント以下にするとの農林水産省のチェックシステムは、新規委託者について三か月以内の取引を対象とし、各商品取引員の月末における新規全委託者についての平均率を問題とするものであり、また、売買回転率を月間三回以内、手数料化率を一〇パーセント程度とするとの点は、農水省の指示・通達事項ではなく、右比率は商品取引員毎に全委託者についての月間数値を算出すべきであると主張する。しかし、農水省のチェックシステムの対象・性格、数値計算方法がどうであれ、本件取引において両建玉等の比率、手数料化率等の持つ意義が損なわれるわけではなく、前記推認判断が妨げられるものではない。
ただし、新規委託者保護管理規則に違反するものではないとの被告らの主張は、形式的にはそのとおりと認めてよい。
(4) 取引明細番号1、5、6の取引経過は、明らかにいわゆる因果玉の放置にあたると認められる。値洗いが損となっている建玉をそのまま放置して損が増えるに任せる一方、これと反対の建玉をして表面上利益を出すことは、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせるおそれがあるものである(前記取引所指示事項10参照)。右1の建玉は本件最初の取引であり、他の二つの建玉も比較的初期のものであるが、最終的な手仕舞いまで放置され、この三建玉合計三〇枚だけで売買差損が合計四七二万五〇〇〇円に達する結果となった。全建玉枚数が一〇八五枚で、その売買差損の累計が六六〇万円であることを考えると、右因果玉の放置の本件取引結果に及ぼした影響の大きさが知られる。
被告らは、右建玉は、被告山下が決済を勧めたが、原告がこれに応じなかったため残されたものであり、原告の供述でも建玉を縮小したらどうかと忠告されたことを認めているし、いずれにせよ因果玉は結果論にすぎないと主張する。しかし、右原告の供述は手仕舞い直前の昭和六一年六月二一日のことを述べているものであり、被告山下が決済を勧めたというのも、時期についての供述はあいまいであるが、同年五月以降のことというにすぎないうえ、具体的に右因果玉について決済を勧めたかのようにいう被告山下の供述をそのまま信用することはできない。また、右因果玉の放置が原告の意識的な選択の結果であるとすれば、結果論ということもいえようが、そのようなものと見ることができないことは、既に述べた原告の知識・経験、本件取引の経過から明らかといわなければならない。
右因果玉の放置は、前記取引所指示事項に違反する。
4 向い玉について
(1) 東京穀物商品取引所に対する調査嘱託の結果によれば、本件各取引日における被告会社の米国産大豆の各限月の売りと買いの枚数及び取組高が、概ね一致ないし近似していること、及び、被告会社の自己玉は、売り・買いのうち常に委託玉枚数の少ない側に、その差を埋めて枚数を概ね一致ないし近似させる方向で建てられ、取組高のうちの自己玉も同様の形になっていることが認められる。このことは、被告会社の自己玉は、ほぼ恒常的に、被告会社の全委託者に対する関係においてではあるが、向い玉の形になっていることを意味する。
また、右調査嘱託の結果、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、被告会社の東京穀物商品取引所における本件取引期間中の米国産大豆取引にかかる委託玉及び自己玉の各帳入差金の動向から、被告会社は本件取引期間中、委託者全体としては損を発生しつつ、自己玉は利益をあげていることが推認される。
(2) 商品取引員が一定の限度内で自己玉を保有することは、禁止されていないし、また、それがたまたま一部の委託玉に対する向い玉の形になったとしても、特定の委託者に対する関係で直ちに違法との判断を受けるものとはいえないであろう。
しかし、向い玉を建てれば、商品取引員と委託者の利益は相反し、委託者の利益を害するおそれが大きいため、「農産物の商品取引に関する取引方法の改善について」と題する昭和四五年五月三〇日農林省農林経済局長通達においても、向い玉は禁止されている。そして、ある業者の自己玉が、全委託者に対する関係であれ、ほぼ恒常的に向い玉の形をとっていることは、その業者にいわゆる「客殺し」の体質があることを推認させる重要な根拠の一つとなることは否定できない。
(3) そうしてみると、右(1)の事実は、本件取引の二、三年前の時点で被告会社において向い玉の手法により客殺しが行われていたとの元従業員らの供述(<書証番号略>)とともに、本件においても客殺しが行われたのではないかという疑いを抱かせるに足りる事情であるといわなければならない。
5 全体的評価
(1) 商品先物取引のもつ極めて高い危険性は、何よりも本件取引の結果が雄弁に物語っているところで、改めて述べるまでもないが、それ故に顧客保護のための種々の法的規制等が行われているのであり、商品取引員及びその従業員には、右法の規制等を遵守し、商品取引に十分な知識・経験を有しない者が安易に取引に手を出すことがないよう、また、本人の予想しない大きな損害を被らせることがないよう努めるべき、高度の注意義務が課せられて然るべきである。まして、商品取引員及びその従業員が、自らの利益獲得のため、委託者に損失を被らせる意図をもって行動することは、強い違法性・有責性を有する。
(2) 以上に認定し、検討した諸事実からすると、被告若林、同山下及び澤田には原告に損失を被らせる意図があったと推認されてもやむを得ない面があり、少なくとも、右注意義務に違反する重大な過失があったものと認められる。
したがって、右被告らの行為は全体として不法行為を構成すると認めるべきであり、右被告らは共同不法行為者として、各自、原告に対する損害賠償責任がある。また、被告会社は、その使用者として、同様の責任がある。
四損害
1 未回復金
原告が被告会社に交付した委託証拠金のうちの未回復額一四二九万八〇〇〇円については、その全額を損害と認める。
2 慰謝料
前記認定事実、本件取引の開始及び損害の拡大については原告にも慎重さを欠く点があったと考えられること、及び、過失相殺を行わないことからすれば、本件においては、慰謝料の請求を認容するまでの事情は認められない。
3 弁護士費用
本件事案の内容、損害認定額等、諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用分の損害は、一五〇万円と認めるのが相当である。
五結論
よって、原告の請求は、一五七九万八〇〇〇円及びその遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。
(裁判官金築誠志)
別紙太田勝久 米国産大豆取引明細<省略>